―桜雪(オウセツ)―



時刻は午後十時。
東京駅、中央改札前。

「あと、何分だ?」
「うーん、二十分くらいかな。」
晩春の夜。
東京の桜は散り始め、風が吹くたび、なごり雪の様に舞っている。

「じゃあ、まだ時間あるな。」
「うん、無駄話の一つや二つ、するくらいはねぇ。」
無邪気に微笑む顔。その奥にある、寂しさのような感情。同じ感情。

「・・・。しかし、お前も無茶苦茶だよな。人のスケジュールってもんも考えろよ。」
「あんたが、私のスケジュールに合わせればいいのよ。それで問題ないでしょ。」
無茶苦茶だ。
「大体、電話で『すぐに来て。』・・・って、どこぞの漫画じゃねぇんだからよ。」
「でも、来てくれた。」
「うっ・・・。」
返す言葉が無い。いや、あえて返さなかったかもしれない。

ふと、一片の花びらが、二人の間に舞い落ちる。
「そういや、昨日は面白かったよねぇ。」
「あぁ。電車降りて、改札出て、直で飲み屋。普通ありえねぇぞ。」
その時の顔は今でも残っている。
会った時の笑顔。
それと違う、電話の時、頭の中に描かれた顔。
「いや、ほら、私は普通じゃないし。現に今も。」
「まっ、大学出て、就職せずに夢を追いかけたのはお前だけだったしな。」
その言葉に、顔が少し曇る。
在りし日の、過去の日の。
淡い思い出が、白昼夢のように過ぎていく。
「さすが私ね。こういう人間が大物になるのよ。」
「一握りだけどな。」
夢を諦めた人間。夢を追いかけ続ける人間。
「その一握りに、私はなるのよ。」
その言葉に自信を感じる。誰にも負けない自信。
「フンッ、言ってろ。」




電子掲示板は、乗車する電車を一番上に表示し、発車時刻のアナウンスが流れる。
駅の外では、桜の花びらが、止むことのない雪の様に、今もまだ、舞っている。

「そろそろだね。」
「あぁ、そろそろだな。」
時計の長針がまた一つ、時を刻む。

「また電話してこいよ。」
「うん、電話する。そんでもって呼び付ける。」
「あー、それは勘弁。」
二人して笑う。

『―――行き、まもなく発車いたします。ご乗車のお客様は、改札にて―・・・』

荷物を持ち上げる。

「じゃあな。」
「うん、またね。」
その言葉を最後に、駅の改札口を抜け、ホームの中へ。
風が一吹き。桜の花びらがホームの中をすり抜けていく。








―突然―



―改札口の向こう。名前を呼ばれる。―



―振り返る。―






『ありがとね!!』







そう言って、叫んだ彼女の顔は・・・



咲き誇る笑みと、



舞い落ちる雫を浮かべていた。



その後、彼女は大きく羽ばたいて行く。


でも、


それはまた、別の話。

END